大自然生活館株式会社

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                    TEL:0279-84-6295 FAX:0279-84-6296 Mail:daishizen@axel.ocn.ne.j                   
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お菓子の種類

 食べ物の中で、菓子ほど多種多様、多彩なものはありません。

 食べられるものなら、なんでも菓子の材料になります。作り方も、蒸したり、焼いたり、溶かしたり、油で揚
げたり、流し込んだり、型にはめたりなどと実に様々です。
 また、長い歴史の変遷の中で、我が国独自の菓子のほか、平安時代に中国からもたらされた「唐菓子」、
戦国時代にポルトガル人等から伝えられた「南蛮菓子」、明治維新後フランスやアメリカ等のお菓子を取り
入れた「洋菓子」等その時代時代に輸入されてきた菓子が、我が国の風土や食志向に適合するよう多くの
変化を受け、今日の菓子の種類が作り上げられてきました。
 細かく分けていくと何万種類にも達するのではないでしょうか。

 お菓子の種類が多種多様なだけに、お菓子の分類基準の取り方も目的によって様々で、行政上の分類、
統計上の分類、イベント上の分類、職業教育上の分類、業界における慣習上の分類など色々です。

 一般的には、その使用目的によって変わりますが、その代表的な基準は下記の通りです。


1.お菓子の分類基準(大分類・中分類)

(1)歴史的な背景に基づく分類(和菓子・洋菓子)

 まず、お菓子は、日本に昔から伝わる和菓子と西洋から伝えられた洋菓子に大きく分けられます。
 一般に、和菓子とは、明治以前、有史以来の我が国独自のお菓子、奈良・平安時代に中国の唐から渡来
してきたお菓子、安土・桃山時代に南蛮等より渡来して定着、育てられた菓子類を総称して言います。
 洋菓子は、明治維新以降西欧文化とともに、導入され、普及した菓子類を総称して言います。


(2)保存性による分類(生菓子・半生菓子・干菓子)

 お菓子の水分含量とその保存性を基準にすると生菓子と半生菓子と干菓子に分類されます。

 水分の多寡によって、食品衛生上の取り扱いなどが違ってきますから、大事な区分です。
 一般には水分を30%以上含むものは生菓子、水分が10〜30%のものは半生菓子、水分が10%以下
のものが干菓子とされます。
和菓子の生菓子が和生菓子、洋菓子の生菓子が洋生菓子であることは言うまでもありませんね。半生菓子
なんて普通の方は耳にしたことはないと思いますが、お菓子で言うと羊羹、カステラ、カップケーキなどが
これに入ります。業界には半生菓子を作っている人たちの組合があります。        
 ちなみに、水分30%前後のお菓子には、最中、あん入り生八つ橋、ショートケーキなどがあります。水分
の多いお菓子は洋菓子に多いですね。ゼリーが79%、カスタードブディングが70%、ババロアが67%、和菓
子で水分が多いのはういろうの55%といったところがあります。  
 
 食品衛生法では次のように規定しています。
生菓子類とは、次のいずれかに該当するものを言う。

 1.出来上がり直後において、水分40%以上を含有する菓子類
 2.あん、クリーム、ジャム、寒天若しくはこれに類似するものを用いた菓子類で 
   あって、出来上がり直後において水分30%以上含有するもの


(3)お菓子の基本的分類

 以上ふたつの基準によってお菓子を大きく分けるとつぎのようになります。

● 菓子 ○ 和菓子 ○ 和生菓子
○ 和半生菓子
○ 和干菓子
◎ 洋菓子 ◎ 洋生菓子
◎ 洋半生菓子
◎ 洋干菓子


2.お菓子の分類基準(小分類)

(1)製造方法による分類

   まんじゅうを蒸し物、羊かんを流し物、サバランを発酵菓子といったりするものです。

(2)原料による分類

   米を原料としたものを米菓、豆を原料としたものを豆菓子といったりするものです。

(3)使用目的による分類

   おつまみてきに食べるものをスナックといったりするものです。


3.製法等を加えたお菓子の区分(小分類)  

和菓子 生菓子 もちもの、蒸し物、焼きもの、流しもの、練りもの、揚げもの
半生菓子 あんもの、おかもの、焼きもの、流しもの、練りもの、砂糖漬けもの
干菓子 打ちもの、押しもの、掛けもの、焼きもの、あめもの、揚げもの、豆菓子、米菓
洋菓子 生菓子 スポンジケーキ類、バターケーキ類、シュー菓子類、発酵菓子類、フィユタージュ類、
タルト・タルロレット類、ワッフル類、シュトルーゼ類、料理菓子類
半生菓子 スポンジケーキ類・バターケーキ類・発酵菓子類・タルト・タルロレット類の一部、砂糖漬類
干菓子 キャンデー類、チョコレート類、チューインガム類、ビスケット類、スナック類

早川幸男「菓子入門」(平成9年)による


菓子大博覧会

 お菓子の博覧会は、お菓子の祭典としてほぼ4年に1度、全国の各地を回って開催されています。
 その地域のお菓子屋さんがつくっている菓子工業組合が主催しているものですが、地方自治体もバック
アップする大きなイベントとなっています。

 お菓子の博覧会の始まりは古く、明治44年の第1回帝国菓子飴大品評会に遡ります。
 戦争による一時中断はありましたが、全国のお菓子屋さんの熱意で復活し、名称を全国菓子大博覧会と
変えて、約1世紀近くにわたりこれまで24回の開催を重ねてきました。

 会場では全国よりお菓子が集められ展示・即売され、また菓匠により作られた工芸菓子が披露されます。
 優秀な作品には皇族による総裁賞、内閣総理大臣賞、農林水産大臣賞などが授与されますが、全国菓
子大博覧会での受賞は菓子業界の中でも最高の栄誉とされ、賞をもらうために全国のお菓子屋さんは日々
研鑽をし続けています。

 皆さんは、街のお菓子屋さんの店先によく賞状が飾られているのを見たとはありませんか。
 また、お菓子の包み紙に内閣総理大臣賞受賞などと記してあるのを見たことはありませんか。その賞は、
この博覧会によるものです。


一年行事とお菓子

元旦

 1月。新しい年を迎え、この一年の健康と幸せを皆で祈ります。このハレの日に相応しいのが”鏡餅 ”です。お餅は私達の
先祖が創り出した和菓子のルーツといえるのではないでしょうか・・・
 また最近人気が上昇してきたお菓子に花びら餅があります。白地にほんのり透けて見える紅色に新春の
寿ぎが感じられるのが人気のもとでしょうか。

* 鏡餅・・・大小一対の餅を丸い山型に作り、お正月の床の間や神棚に飾ります。このときに縁起物として
板昆布・ダイダイ・ウラジロなどを飾りとしてのせます。地方によると畑の「ふち」に祭壇を設けて、鏡餅を供
える所もあります。田の神と共食をし、秋の豊作を願う意味のものです。

そうして1月11日、「鏡開き」が行われ、飾られた鏡餅を家族一同で下げ、槌を用い刃物を使わず手で割って
、雑煮・汁粉にして食べます。縁起をかつぎ欠くとか割るとか言わず「開く」といったわけです。

*花びら餅  丸い白餅(あるいは求肥)の上に紅の菱餅をのせ、味噌餡と砂糖煮にしたごぼうを置き、半円上
に折り畳んだもの。 宮中や神社等の正月行事にちなむもので、明治時代に裏千家が宮中より許され発釜
(新年に初めて行う茶事)煮使うようになったと伝えられます。最近では12月末から新年にかけてデパート
等でよく見かけるようになりました。

エピファニー(Epiphanie)
 1月6日。キリスト教の祝日。御公現、主顕節ともいわれます。東方の3王(博士)の来訪により、キリスト教が
神の子として公に現れた事を記念する日。この日家庭では、ガレット・デ・ロア を食べて楽しむ習慣があります。

*ガレット・デ・ロア(galette des Rois)とは・・・  祭礼菓子のことで、ロアとは、国王の意で「王様のガレット」
の意味になる王冠形などに作られ、王冠飾りをのせたりするガレットの中にフェーブ(そら豆)と呼ばれる小さ
な陶製の人形が一つだけ入っており、ケーキを取り分けたとき、その人形の入ったケーキに当たった人には、
その夜一晩王様、王女様になれる楽しい遊びがあります。

節分
 2月3日。季節の移り変わる時。立春・立夏・立秋・立冬の前日。特に立春の前日の事をさし、その夜を年越
しといい、家々の門戸に柊の枝に鰯の頭をつけたのを刺し、「鬼は外、福は内」と言いながら部屋の中から庭
に向かって元気よく豆を撒きます。”新しい年を迎えるに当たって、鬼を払う。そして新しい出発を祝うのです。”
そうして大豆の煎った豆を、歳の数に1つプラスした数だけ食べる習慣があります。

セント・バレンタインズ・デー(St.Vaientines day)  2月14日。
西暦270年の2月14日、聖バレンチヌス司祭が殉教した日。
 当時の皇帝クラデイウス2世は、強兵策の一環として兵士たちの結婚を禁止していました。しかしこれに反
対してバレンチヌス司祭は、多くの兵士たちを結婚させたため皇帝の怒りをかい、ついに処刑されたと伝えら
れ、以来この日をローマカトリック教会では、司祭の死を悼む宗教的祭日としました。 しかし14世紀頃から、愛の記念日として女性から愛の告白ができる日となりました。また、ヨーロッパではその頃から春のさきがけである小鳥の愛の
囁きが始まる日であるとの言い伝えもあります。ヨーロッパでは、ハートの形と赤い色がバレンタインの象徴
とされていますが、日本ではチョコレートの贈り物が一般的です。菓子業界にとってバレンタインデーは一大
イベントです。

ホワイト・デー(white day)
 3月14日。 2月14日に聖バレンテイヌスが殉教して1カ月後、男女が永遠の愛を誓いあったという故事に由
来する。バレンタインデーに女性からチョコレートなどのプレゼントをもらった男性がその女性にお返しすると
いうもの。その頃になるとデパートの売り場に贈り物を探している男性の姿をよく見かけるになりました。ちな
みにこの日を「ホワイトデー」と名付けイベントを仕掛けたのは、福岡の和菓子メーカーであり、昭和52年頃か
ら始まり、今ではバレンタインデーと一対になり多くの人たちが楽しめるイベントになっています。

雛の節句  3月3日。この日に人形(ひとがた)で身体を撫で、けがれを移し、川へ流して身を浄めたのが始
まりと言われています。
 いつしかその習わしが雛人形を飾り、女の子の健やかな成長を祝う行事へとなりました。その人形たちに雛
あられ・菱餅・白酒・桃の花などを飾り、楽しいひとときを過ごします。
*菱餅・・・菱形に切った餅で、紅は桃の花を表し、雪は白、草の緑、この三色が今では一般的です。また地
方によっては、5色(白・青・紅・緑・黄色)の菱餅もあります。

*雛あられ・・・雛祭のお供え菓子として代表的なもので、あられには有平糖が入っています。

お彼岸
 3月21日。春分、秋分(9月23日)の日を中日に、その前後各三日をあわせて7日間。春の彼岸、秋の彼岸
といい、人々は先祖のお墓参り、供養します。こうのような風習は随分古くからあるようです。しかし、彼岸の期
間が今日のようになったのは、幕末の弘化元年(1844)からで、それまでは春分、秋分の翌日が彼岸の入りで
あったと定まっていませんでした。

 いずれにしても春分、秋分に近いところでお墓や寺院に参詣するほか、農事や生活の上で重要な目安に
なっていました。ことに「暑さ寒さも彼岸まで」というように、厳しい寒暑もこの頃になるとしのぎやすい陽気にな
ります。

 また彼岸の中日には太陽が真東から昇って、真西に沈む。その太陽が沈んだ彼方に極楽浄土があると信じ
られてきました。たとえば大阪では、四天王寺の西門が極楽浄土の東門に当たるとされ、彼岸の中日の夕日
を拝む人が参集し、その風習は今日もなお続いています。

*このお彼岸に欠かせないお菓子が、春には“ぼた餅”、秋には“おはぎ”がありご先祖さまにお供えをします。 

イースター 復活祭 (Easter)
 キリストの復活を記念する祭りで、春分後の満月直後の日曜日に行う祭事。また同時に待ちかねていた春
の訪れを喜び合うお祭りです。


*イースターケーキ(Easter cake)

 イースターエッグ(Easteregg)、仏語でウフドパック(ceuf de paques)とは・・・ 卵の形が命の源、生命の復活
の象徴として、イースターの贈り物にする殻に彩色したゆで卵のこと。また卵に似せたチョコレート菓子やケー
キが、お菓子屋さんのショーウインドーに置かれお祭りに彩りを添えます。

エイプリルフール、(仏)ポアソン・ダブリル
 4月1日、小さな軽いウソをついたりして、他人をかついだりすることが大目にみられるユーモラスな一日です。

*ポアソン ダブリル(Poisson davrii ) ポアソンは「魚」、ダブリルは「4月」、ここで言う魚は、ちょうどこの頃
によく釣れる”さば”を指しています。この魚をモチーフにしたパイ、チョコレートが作られます。

すずらん祭り、(仏)フェート・デ・ミュゲ ( Fete des Muget )
 5月1日 すずらん祭り。フランスでは、幸せのシンボルとされるスズランのブーケを親しい人に贈りあう習慣
があり、ショーウインドーにはスズランの鉢植えをかたちどったアントルメ・アメ細工のお菓子が並びます。

端午の節句
 5月5日。3月3日が女の子の節句に対し、この日は(武家社会の風習を今に伝える)男の子の健やかな成
長と立身出世を祝って鯉のぼりや兜と人形などを飾ります。また菖蒲湯に入り、邪気を払います。


*柏 餅  端午の節句と言えば、この和菓子です。新粉で円形の平らな餅を作り蒸し上げ、中に小豆あんや
味噌あんを入れ、二つ折りにして柏の葉を包んだものです。古くは柏の葉を食器として使用したいたと考え
られ、神聖で凶事など災難を祓うものと信じられていました。また柏の葉は、新芽が出ないと古い葉が落ちな
いため、家系を絶やさないという縁起の意味をもあるといわれています。


 6月  欧米では、6月の花嫁ジューンブライトと言われるように夏にむかって結婚式の季節です。その時に
一段と華やかさを演出するお菓子に、クロカンブッシュというお菓子があります。

*クロカンブッシュ 洗礼・結婚式など大切な催しに用いられる古典的で大型のお菓子のことです。クロカントで
作った飾り台の上に、小型のシューまたは菓をたくさん円錐状に積み上げ、煮詰めた糖液をシューにかけて
接着し、頂上にはその日のお祝いにちなんだ飾りやアメ細工の花などをつけます。

七夕 
 陰暦の7月7日。東京などは陽暦7月7日に行っていますが、陰暦で行う地方も多い。よく知られたところでは、
”仙台の七夕祭り”があります。元々は6日の夜から翌朝にかけての行事であった。牽牛星と織女星とが年一
度だけ願いが叶って会えるというこの夜に、この二星を祭って裁縫や書道などの習い事の上達を祈願すれば
望みが叶うという、中国に始まった風習で日本にはすでに奈良時代に伝わっています。「七夕(しちせき)」は
五節供のひとつで、これを「たなばた」と読むのは我が国固有の”棚機つ女(たなばたつめ)の伝説と織女星が
結びついたからといわれています。            

・・・古くは七夕といえば夏と秋がゆきあう祭りでした。この時期に村外れに作られた棚で来臨する神のために
機(はた)を織るのが棚つ女。そして神の帰る折りに七夕竹を立てて、七夕流し、七夕送りをしました。このよう
に七夕はお盆とも結びついています。またこの日に七夕竹を立てる風習も日本独特のものです。

*天の川 「天の川」は、天の川を境としてきらめく星を見立てたもので、緑の琥珀羹に白羊羹の帯を斜めに
置き、白胡麻を散らしています。七夕の星を夢想させ、夏の宵の風情が透明感に漂います。
見た目の涼しさに加え、原料の寒天は繊維質に富み、暑い夏でも食べやすいもの。外見はゼリーに似てい
ますが少し固めで、冷やした時の感触もよく、夏菓子としてお勧めです。

お盆
 旧暦7月15日を中心とする前後一連の魂祭り。 今日では月遅れで8月に行うところが多い。かつては1年を
2期に分けて、それぞれの開始期にあたって祖先の霊を迎えて魂祭りを行いました。それが正月とお盆です。
前者は生きている者にとり、最も改まった行事として神事のお正月、後者は死者の霊を慰める最も大切な行
事として仏教と結びついたお盆となりました。

 盆の期間は7月13日の精霊迎えから、16日の精霊送りをいうのが普通です。祖先の霊を家に迎え、供物を
供えて供養する風習は仏教の教えとは別に、我が国固有の魂祭りに関係があると言われています。今の
お盆になったのは、室町時代以降と推定されています。お盆の間、精霊をお迎えする棚が精霊棚です。

 例えば、京都では13日=到着膳。14日=白粥にお茶。15日=白蒸し(小豆を入れないおこわ)。16日=送り
団子。 というように心を込めてお迎えします。

中秋の名月
 陰暦8月の十五夜、9月の十三夜の名月に月見団子 やその年に収穫したいも類・栗などを供え観月をします。

*十五夜とは・・・古くから中国では陰暦の8月15日を、中秋の名月として観月する習慣があり、日本へも9
世紀頃伝わったということです。

*十三夜 とは・・・日本独自のもので陰暦の9月13日を、中秋の名月に対し「後(のち)の月」と呼び、別名
{栗名月」とも言われています。

重陽の節句
 陰暦9月9日は重陽。陽数の9を重ねためでたい日で、いわゆる”菊の節句”です。もともと菊の花は、その
気品と香気が邪気を払い寿命を延ばすと考えられていました。特に名高いのは菊水信仰。中国河南省の山
中に大きな菊があり、その滋液が谷川に染み入りこれを飲む下流の人々は長寿を保ったという伝説です。

 この風習は日本にも伝わり、平安時代には宮廷儀式となり、江戸時代になると五節句のなかでも最も重ん
じられるようになりましたが、わが国では着せ綿や菊会という風習も加わり、独自のものになったようです。
着せ綿は、菊の花を綿で被いその香りや露を移し、翌朝その綿で身体を拭うと長寿が叶うというものです。
また今日秋になると菊人形展や菊の品評会が各地で開催されますが、この流れをくんでいると思われます。

 重陽の節句は、桃の節句、端午の節句などに比べると馴染みが薄いようですが、秋の一日、菊のお酒を飲
んで長寿を祝うひとときを過ごしてみては如何でしょうか...

ハロウイーン ( Halloween )
 10月31日、キリスト教の大切な祭日のひとつである万聖祭の前夜祭。古代ヨーロッパの原住民ケルト族の
収穫感謝祭がキリスト教と現在のハロウイーンになったと言われています。ケルト族にとって1年の終わりは
10月31日 この夜は死者の霊が家族を訪ねたり、精霊や魔女も出てくると信じられていた。これから身を守る
為仮面をかぶり、魔除けの篝火を焚いた。 これにちなんで、子どもたちはジャック・オ・ランターン(お化けカ
ボチャ)にローソクを立てて、魔女やお化けに仮装して31日の夜、近くの家を1軒ずつ訪ね「お菓子をくれな
きゃ、いたずらするぞ( Trik or Treat)」と唱えて家々をまわり歩きます。家庭では、カボチャの菓子を作り、子
どもたちはもらったお菓子を持ち寄り、ハロウイーン・パーテイを開いたりしています。

*カボチャをかたどったお菓子

ハロウイーン・パーテイのお菓子として、デコレーションに猫の頭や南瓜のお化け、妖精を用いたハロウイーン
ケーキが有名です。またこの他、ジャック・オランタン・カップケーキ、顔を描いたクッキーなども一般的です。

七五三祝い
 11月15日。男の子は3才と5才。女の子は3才と7才の歳の11月15日に成長を祝ってお宮参りをします。
その子どもたちの姿を見ると、あの子どもの頃の懐かしい情景が自然と思い出されます。そのときに子どもた
ちが手に持っているのが、千歳飴です。 

* 千歳飴・・・さらし水飴を煮詰めた引飴を、紅白に染め分け細長い棒飴につくり、松竹梅・鶴亀などの絵柄
の長い手提げ袋にいれたものです。あの棒飴の長さとねばりは、長寿を意味する縁起とも言われています。

ここで“飴” について一言・・・
 “飴”は「あま」、「あまい」が語源とされ、日本書記(720年)にも飴の記述があります。古くは神へのお供え
物とされ、平安朝では貴族の薬用にされていました。その後、飴は長い間大きな発展をみないままでしたが、
ようやく江戸時代の始め (17世紀初め)になり、麦芽を使い大量に生産されるようになりました。製法は、
もち米を蒸し、麦芽の粉とぬるま湯を加え甘酒のようにし、それを漉して煮詰めていました。
 あの千歳飴ができたのもこの頃です。江戸に出てきた大阪の浪人が、飴をつくって千歳飴と名付け浅草寺
境内で売り出し大変評判になり、のちにこの名が喜ばれ七五三の祝いやお宮参りのみやげとなしました。
 飴菓子加工品の最高といわれるのは求肥飴ですが、江戸時代の初めにはすでに上菓子としてもてはやさ
れていました。

亥の子餅
 陰暦10月初めての亥の日に祝い食べる普通の丸餅(関東ではのし餅)。たとえば白・赤・黒の3色の小さな
餅に、しのぶなどの添え花をして檀紙や奉書で包み、紅白の水引を1本又は2本かけます。これをお亥猪包
みとかいいます。もともと宮中の行事菓子で、召し上がるのではなくお守りのようなものだったといいます。
そしていつしか民間に伝わり、亥の日に餅をつき神仏に供え、この餅を食べると無病息災が叶うという風習が
伝わっています。また亥は猪に通じるため、猪の多産にあやかり子孫繁栄を願ったりする意味もあるようです。

冬 至
 24節気のひとつで、陽暦12月22日ごろ1年中で最も日中の時間が短くなり、この日を境に次第に日が長くな
りますが、反面寒さがこの頃から次第に厳しくなり、節分の頃までが最も寒さが厳しい時期に入ります。

 こうしたなか一陽来復の春を願って、さまざまな祭りが今日まで伝わっています。そのような時、冬至の夜
柚子湯にはいり、かぼちゃなどを食べる習慣があります。柚子には独特の香りがあり、魔よけの役割もあると
考えられています。人々はエネルギーを貯え、春に向かって厳しい冬を乗り切っていきます。 

クリスマス ( Christmas )
 12月25日、イエス・キリストの誕生日を祝う降誕日。街にはクリスマスソングが溢れ、私達の国でも大変馴
染み深い日ですが、このクリスマスに欠かせないお菓子にクリスマスケーキがあります。一口にクリスマス
ケーキと言っても、各国ではいろいろな特色があります。いくつかピックアップしてみましょう。

*フランスでは・・・ビュッシュ・ド・ノエル ( buche de Noel )。ロール状にしたスポンジにクリームを塗り、表面を
木の皮に絞って丸太の形にしたケーキ。ヒイラギやメレンゲのきのこなどを飾ります。

*イギリスでは・・・プラム・プデイング( plumpudding )。このプラムとはレーズンをさし、それにレモンやドライ
フルーツを刻んだものにコニャックに2ヶ月ぐらい漬け 小麦粉・卵・牛のケンネ脂に混ぜ込んだものを蒸し上
げます。これにラム酒をかけ点火したします。

世界の菓子PCG 全日本洋菓子工業会 平成10.1月号
百菓辞典 山本候充  著 東京堂出版 平成9.8.30 版
日本の菓子 亀井千歩子 著 東京書籍 平成8.8.8 版
和菓子歳時記 千 澄子  著 国際情報社 平成2.3.28 版
たべもの歳時記 楠本憲吉  著 桜楓社


人の一生とお菓子

一年に四季折々がめぐってくるように、私達の一生にも数々の節目があります。喜びの時、悲しみの時、お菓
子はその時に欠かせない、人々気持ち伝えるをものです。

ハレの祝い事には、赤飯・紅白饅頭・鶴の子餅・鳥の子餅・松竹梅あるいは鶴亀のデザインの三ツ盛や五つ
盛などの盛り菓子が用いられます。

また仏事用には、黒豆入りの黒飯・春日饅頭・青白じょうよ饅頭あるいは蓮や椿や水仙などのデザインの三ツ
盛や五ツ盛の菓子が用いられます。

ここでは具体的に行事とそれにまつわるお菓子を取り上げてみました。もう一度振り返って日常の生活に活用
して下さい。


着帯祝い 妊娠5ヶ月目の戌の日、妊婦は 岩田帯を締めて安産を祝います。戌の日というのは、お産の軽い
犬にあやかったものです。 紅白餅、帯締めだんご、赤飯 など 出産祝 出産時に弓に弦を張り、弓矢の神秘
的威力により、妖魔を退散させた。出産3日目には、近所におはぎを配った。 三ツ目おはぎ、腹わた餅、鳥
の子餅、赤飯など お宮参り 男子31日目、女子33日目に、生後初めて氏神様に参拝し、無病息災を祈願し
ます 紅白饅頭、鶴の子餅、おめで糖など 初節句 生まれて初めて迎える女の子では、”桃の節句”、男の子
では”端午の節句”をいう。 柏餅、ちまき、桜餅、菱餅、ひなあられ、草餅など 誕生日祝 生後満1年目には一
升餅の丸餅に寿の文字を書き健康であるように願い幼児に背負わせる風習があります。 祝い餅、バースデー
ケーキ赤飯など 七五三祝 男の子は3才と5才、女の子は3才と7才の年の11月15日、氏神様に詣で、今日の
成長に感謝し、将来の健康と幸福を祈願する。 千歳飴、鳥の子餅、赤飯など
入学祝
卒業祝

就職祝
入学は幼稚園から大学まであります。また卒業式にはお世話になった方へ感謝の気持ちを送ります。 紅白饅
頭、鳥の子餅、赤飯 ,焼き菓子の箱詰など

成人祝 男子はそれまで頭に何もかぶらず、この時冠をつけた。女子も初めて裳をつける。11〜16才頃が
多かったが、現在は20才を迎えた門出を祝います。 赤飯、紅白饅頭、引菓子など
結婚祝 結婚式は人生最大の慶事であり、第2の人生へ出発する大切な儀式です。 松竹梅の式菓子、ウエ
デイングケーキなど 結婚記念 結婚後の一定周期にお祝いする日。
10年目 「錫婚式」
15年目 「水晶婚式」
20年目 「陶婚式」
25年目 「銀婚式」
30年目 「真珠婚式」
35年目 「サンゴ婚式」
40年目 「エメラルド婚式」
45年目 「ルビー婚式」
50年目 「金婚式」
60年目 「ダイヤモンド婚式」
引菓子、鯛菓子、ケーキなど

賀寿祝 長寿のお祝いで次のようなものがある。

「還暦祝」60歳:60の干支が一回りして元に返るということから  
「古稀祝」70歳:人生70古来稀也から引用
「喜寿祝」77歳:七十七の組み合わせから
「米寿祝」88歳:米の字が八十八の組み合わせになることから
「白寿祝」99歳:百の字から一を取り除くという意味から 赤飯、引菓子、鳥の子餅など、箱詰め菓子には金銀
          の水引を使う。

上棟/新築祝 家屋の骨組みができると建前といって上棟式を行う。会社関係では落成祝をし会社名やマ
ークの入った引菓子などが用いられる。 赤飯、紅白の投げ餅、鳥の子餅など 開店祝 商売のスタートを祝う。
開運の意味で宝船、きんちゃく、うちでの小槌などの図案が喜ばれる。 鳥の子餅、赤飯、紅白餅など 快気祝
床上げ祝は、見舞いに来てくれた人などへ病気全快を報告し返礼します。 おめで糖、赤飯、鳥の子餅など
仏事/法事 子孫は一生をとじた者を丁重に弔い、年忌日には法要を営んで冥福をお祈りするのが務めです。
「通夜」: 親族、友人、知己の見舞いをうけます。お通夜には通夜饅頭を配る風習があります。
「葬式」: この日は盛り出しといって会葬者に春日饅頭、青白饅頭などが配られます。
「香典返礼」:七・七忌四十九日)の供養をすませるとお礼の香典返しをします。
「法要」: 法事は初七日、二十一日、三十五日、四十九日、百か日、1周忌、3回忌、7回忌・・・と法事を務め
ます。宗派により異なりますが、33回忌で一応最終年忌と している。50回忌は亡き霊が天国に召されたと
てお祝いものを使用します。 青白饅頭、焼饅頭、塩釜、式菓子など

* 参考図書 *

「和菓子のいのち」 春夏編 (株)ニチブン
「和菓子」   日本菓子専門学校 平成3.7.1版

お菓子の繊維くらべ

・スナック菓子類

・クッキー類

・せんべい類

・ケーキ類

・和菓子類

・菓子パン類

・いちご

・大豆類

3.0

1.8

1.4

1.1

2.3

1.7

1.4

7.0

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食物繊維量正味重量あたり%


主なお菓子のエネルギーを比較してみると

(可食部100gあたり 栄養成分表第4訂より)


お菓子の栄養成分表(五訂食品成分表より)

可食部100gあたり
食品名
エネルギー
(
Kcal)
水分
(g)
タンパク質(g)
脂質
(g)
糖質
(g)
繊維
(g)
カルシウム(mg)
和生菓子
今川焼き
222
45.5
4.4
1.1
48.6
1.8
21
柏餅
206
48.5
4.0
.0.4
46.7
1.7
7
かるかん
230
42.5
2.1
0.3
54.7
0.4
3
きんつば
264
34.0
5.3
0.7
59.2
6.5
18
くし団子
あん
しょうゆ

201
197

50.0
50.5

3.8
3.1

0.4
0.4

45.5
45.2

1.2
0.3

6
4
大福餅
235
41.5
4.8
0.5
52.8
0.4
11
どら焼き
284
31.5
6.2
2.6
58.9
3.5
22
もなか
285
29.0
4.8
0.4
65.6
3.1
12
平均
236
41.4
4.3
0.8
53.0
2.3
12
洋生菓子
シュー
クリーム
245
55.0
8.4
13.6
22.3
0.2
47
ショート
ケーキ
344
31.0
7.4
14
47.1
0.6
33
ゼリー
70
82.3
2.3
0
15.3
0.1
3
ワッフル
256
46.0
8.3
8.8
36.0
0.7
71
カステラ
319
25.6
6.2
4.6
63.2
0.6
29
平均
247
48.0
6.5
8.2
36.8
0.4
37
流通菓子
あめ玉
390
2.5
0
0
97.5
1.0
2
かりんとう
441
3.5
7.4
11.8
76.2
1.7
68
せんべい
382
4.2
4.1
0.8
89.5
1.3
12
ポテト
チップス
554
2
4.7
35.2
54.7
4.2
17
チョコレート
513
2
7.1
25.8
63.1
3.2
170
キャラメル
433
5.4
4
11.7
75.9
0
190
ガム
388
3.1
0
0
96.9
0
3
平均
443
3.2
3.9
12.2
79.4
1.6
66



日本のお菓子の歴史

(お菓子から見た時代区分とその特徴)

日本の菓子の歴史は古く上古時代に始まりますが、当時は簡単な穀物の加工品に果実なども含めた総称で、
現在のお菓子は奈良朝時代、平安時代初期に輸入された唐菓子に始まるといわれています。

年代 菓子の時代 特徴

紀元前 上古時代  大陸文化の輸入前で、果物も含めて日本固有の菓子が作られ始めた時代です。菓子の始
まりとして田道間守(たじまもり)が、橘を常世国(とこよのくに)から持ち返ったなどの話が伝わっています。

大和時代
奈良時代 唐菓子時代  遣隋使、遣唐使により唐からお菓子とその製法が伝わってきました。これまでの簡単な
穀物の加工品に比べ、味・形・製法がすぐれ、唐菓子に工夫を加えた独自の菓子が創り出されていきます。
また、この時代の末期に砂糖が輸入されました。

平安時代
鎌倉時代 点心時代  砂糖の輸入が増加し、国内でも生産されるようになりました。一方、茶の栽培が盛んと
なり、茶菓子(点心、茶子)が求められるようになり、砂糖とまみえて現在の和菓子の源流が生まれました。
南北朝時代 室町時代 南蛮菓子時代  ザビエルの日本上陸以来、ポルトガル人やスペイン人により砂糖や卵
を用いたカスティラ、カラメル等のお菓子が持ち込まれ、我が国のお菓子に大変革をもたらしました。これらの
南蛮菓子は長崎を中心にして全国に伝わりました。

安土桃山時代
江戸時代 京菓子・江戸菓子
時代  茶道と共に発達した点心は、上流階級の菓子「京菓子」として独特の発展をしました。
一方、政治・経済・文化の中心が江戸に移るにつれ、生活に密着した色々な菓子が作られました。現在の和菓
子の殆どがこの時代に作られたといえます。

明治時代 洋菓子輸入時代  
明治維新を経過して、ドロップ、キャンデー、チョコレート、ビスケット等が輸入され、菓子界に革命がもたらされ
ました。森永を始め、多くの製菓会社が創立されました。

大正時代

昭和時代
菓子大量生産時代  第2次大戦後、昭和27年に砂糖の統制が撤廃になって、菓子業界はいっせいに活発な
動きをみせるようになりました。昭和30年代に入って、洋菓子、和菓子、米菓等順調な伸びをみせ、機械化に
よる本格的な大量生産時代にはいりました。

国際化時代
昭和46年チューインガム、キャンデー、チョコレート、ビスケット等すべての菓子が自由化され、完全な国
際化時代を迎えるにいたっています。
現代 健康志向時代  昭和50年代には入り、豊になった食生活、生活の24時間化の中で人々の健康志向が高
まり、それに応じたお菓子が増えるなどお菓子の種類や消費態様が多様化しています。



 

2.日本のお菓子の歴史年表
(製菓衛生師全書より)

縄文式文化の頃農耕中心の生活でほしいい、焼米、米の粉、豆の粉のほか、餅や飴などを製す。 神武天皇、
大和高尾で水無飴を製す。
61 甘葛煎(あまづら)、甘草飴を甘味料として用いる。
71 田道間守(たじまもり・菓祖神)が垂仁天皇の命を受けて橘を常世国(註)に求め10年を要しその実を持ち帰っ
たが、天皇はすでに亡く、その陵前で断食して殉死したとつたえられています。
  (註) 中国の南部からインド方面(神話) ・
552 搗栗、焼栗、干柿、大豆餅、小豆餅などを用いる。百済から仏像、経論が伝来する。
609 小野妹子が遣隋使として送られ、中国大陸から菓子が伝わる。
701 大宝令により大膳職は餅係を置く。 大宝1年
705 遣唐使により、唐菓子8種、菓餅14種が伝えられている。
737 但馬国から阿米(飴)が献上される。
738 正倉院文書のうち「淡路国正税帳」に大豆餅、小豆餅、煎餅、浮餡餅の名が見える。
754 唐僧、鑑真が蜂蜜、石蜜、蔗糖、甘蔗をもたらす。 天平・勝宝6年
804 最澄が唐より砂糖を持ち帰る。 ・
806 空海、唐国から煎餅の製法を伝える。
815 近江崇福寺僧、永忠は天皇行幸のとき、茶を煎じて奉上、この頃から唐菓子の輸入が増える。 弘仁6年
857 雑餅として大餅(祭祀料)、小餅(吉例用)、薄餅、赤餅、白餅、黒餅などが多く用いられる。 天安1年
860 麦の粉製の「青ざし」が作られる。 貞観2年
927 律令の施行規則として「延喜式」が著され、大膳職の菓子原料に糯糒、栗糒、大豆、小豆、胡麻、味噌、塩、
甘葛、栗、薯蕷、梨、桃、柚、油、橘が登場。 延長5年
1005頃 「源氏物語」に椿もちひ、粉熟の名がみえる。
1069 羹(あつもの)の使用盛んとなる。(48種)


1191 禅宗の臨済宗を開いた栄西上人が宋より帰国、肥前、博多に茶を植える。
1192 明恵上人、宇治に茶を移植する。
1214 栄西上人、喫茶養生記を著し、喫茶の風習おこる。茶道の進展に伴いそれに使用する菓子として点心が
発達する。羹類以外に麺類も点心として用いられる。主なものはうどん、鶏卵素麺、切麦、葛素麺、水鈍蝶結、
きんとん、柳葉麺、桐皮麺、素麺、冷麺など。
1241 聖一国師、宋より帰国し酒素饅頭を伝える。

鎌倉幕府は風流菓子を禁止する。
1341 林浄因、元より帰化し、饅頭の製法を伝える。
1444 砂糖が日朝貿易の一部となり薬や高貴者に用いられた。
1543 ポルトガル人が種ヶ島に鉄砲を伝える。
1549 フランシスコ・ザビエル布教のため鹿児島に上陸する。このとき、カステラ、ボール、金平糖、有平糖、
    ビスカウトなどを携行してきた。
1555 茶道盛んになり、点心に羹、麺類の他に餅類の牛皮餅、葛やき餅、葛餅、わらび餅、拘把餅、五茄餅、
    笹餅、御所様餅、ちまきその他が茶味として用いられる。
1560年代 茶道の発展により、葛餅、蕨餅、笹餅、粽が生まれる
1569 ポルトガル人の宣教師ルイス・フロイスが京都二条城で信長にギャマンの壺入りの金米糖を贈る。
1571 信長が元旦に安土城で将に茶や南蛮菓子を振舞う。 元亀2年
1573 南蛮菓子の輸入盛んになる。主なものは、カスティラ、パン、ボーロ、金平糖、有平糖、カルメラ、ビスカ
    ウト、鶏卵素麺等。
1578 秀吉が北野で大茶会を催す。このとき、練り羊羮が諸大名に披露される。
   おこし、米煎餅、きんとん、羊羹、上り餅、みたらし、団子、ちまき、葛餅、わらび餅などが料理から離れる ・
1589 天草使用羊羹が現れる。
1592 村上等安が肥前名古屋で秀吉にカステーラや南蛮菓子を献上。
1610 奄美大島で甘蔗が栽培され黒砂糖が初めて作られる。
1615 明国の船が紀州浦に砂糖を積んで到着する。
1623 琉球で製糖始まる。

1624 ポルトガル人が長崎の福砂屋にカステーラの製法を伝える。
1635 埼玉草加で、そばきり、もち、かたもちが売り出され、後に塩煎となる。
1637 京都の菓子司が江戸に牛皮(求肥)の製法を伝える。
1640 この頃京菓子司が江戸へ下る。
1641 オランダ屋敷でパンを売る。
長崎より丸ボーロが佐賀へ、タルトが松山にそれぞれ伝わる。
1658 寒天作られる。 ・
1662 中国より白砂糖の製法を習い琉球に伝える。
1672 砂糖の需要が多くなる。 寛文12年
1673 イギリス船リータン号が長崎でビスケットを注文する。
博多の松屋利右衛門が長崎でオランダ人から玉子ソーメンの製法を習う。
1681 長崎の松翁軒がカステラを製造販売する。
1683 菓子と水菓子(果物)とが分立する。 天和3年
・ 京菓子司桔梗屋「菓子目録」作る。 ・
1691 「原本朝食鑑」刊行される。
1693 菓子製法「男重宝記」刊行される。
1727 将軍吉宗は甘蔗を浜御殿と吹上園中で栽培し、諸藩に分け、製法技術の伝播につとめる。
・ 八僊式料理調理法に五味など書かれる。カステーラ、月餅、ごま餅、かるかん、雲平 ・
1741 江戸向島長命寺で桜餅が作られ、江戸人の人気を得る。
1763 「松風」創製される。
1772 江戸で大福餅が創製されて流行。
1775 輸入砂糖の乱用阻止で京都上菓子屋が248軒に制限される。
17777 京都に上菓子屋仲間(今でいう製造組合)が創立される。
1777 名物番付「富貴地座位」が刊行される。 安永6年
1785 砂糖会議所が設立される。
1789 むだな手間をかけた菓子類が製造禁止となる。
1790 越後で透明な水飴が製造される。
・ 伏見で心天を用いた練羊羹が製造される。 ・
1792 江戸に心天煉羊羹が製造される。
1796 氷砂糖が作られ翌年完成する。
1799 大阪で「粟おこし」が製造される。
1807 江戸で寒天を用いた練羊羹完成し、この頃菓子業界盛んとなり、献上菓子、賛祝菓子として練り物、
    金華糖、みじん棒、かりん糖、鉄砲玉、金つばの全盛時代である。
1842 江川担庵パンの製造を習う。
1855 蘭方医柴田方庵ビスケット製法習う。
1859 横浜にホテル設立され、菓子商池田寛平西洋菓子を作る。
1863 草野大吉が長崎に西洋料理店開業。
1866 大賀磯助が長州藩にパン製造補助金を請求した。
1867 横浜元町の中川屋嘉兵衛がパンとバター、ビスケット、牛肉を新聞に広告した。
1868 砂糖販売店越前屋が開業。砂糖専門小売店の嚆矢。 ・
1868 風月堂が薩摩藩に軍用ビスケットを納入した。
1969 芝に文英堂パン店が開業。翌年銀座に移転「木村屋」と改名 明治2年
1870 東京府開墾局でてんさいを試植する。 明治3年
1871 英国からてんさい糖苗を北海道へ移植する。ハワイ、香港から安い良品の砂糖の輸入増大する。
1872 村上光保が明治3年から横浜フランス人サミュエル・ペールに師事して西洋菓子の製法を修得し、
    宮中大膳職に奉仕した。
1873 岩倉具視一行はパリのチョコレート工場を視察、須藤時一郎「万宝珍書」刊行し9種のフランス風ケー
    キの製法を書く。
1874 風月堂本店でリキュールボンボンを製造する。宝露糖と名付ける。 明治7年
1875 米津風月堂で機械を使い本格的なビスケットを製造を開始。 明治8年
1876 木村安兵衛、餡パンを発売 明治9年
1879 八丈島でバター製造される。 明治12年
1884 北海道でてんさい糖13万斥が製造される。 明治17年
1885 菓子税なるものが創設される。対外的配慮から、砂糖に課すべきところを菓子に課された。
1890 第3回内国博覧会に初めて京都の飾り菓子と洋菓子出品する。 明治23年
1896 廃止運動が実り、菓子税は10年間で撤廃される。 明治29年
・ この頃から菓子の品質も良くなり輸出増大し始める。 ・
1897 東京神田にミルクホールが開業される。これを契機に全国各地へ広がる。 明治30年
1899 東京赤坂で森永太一郎キャンデーを作る。(後の森永製菓) 明治32年
1900 パリ万国大博覧会にカステーラ及び京都の飾り菓子出品する。 明治33年
1910 横浜元町に「不二家」開店 明治43年
1911 東京赤坂三会堂で第1回帝国菓子飴大品評会(後の菓子博)開催された。 明治44年
1912 第2回帝国菓子飴大品評会が金沢で開催された。 明治45年
1913 森永がミルクキャラメル(一箱20粒入・10銭)を発売。ポケット菓子の嚆矢となり、以降各地でそ製造
   が行われる。 大正3年
1916 東京製菓が設立さる(1924年に明治製菓となる) 大正5年
1916 チューインガムの販売会社(りグレー)が創業、全国へ広がる 大正5年
1918 チョコレートが初めて国内で製造される(森永)。 大正7年
1919 第3回全国菓子飴品評会が大阪で開催された。 大正8年
1921 グリコが創業 大正9年
1921 第4回全国菓子飴品評会が広島で開催された。 大正10年
1923 第5回全国菓子飴品評会が福岡で開催された。 大正12年
1923 関東大震災によって洋菓子の技術者が地方に分散し、洋菓子技術が全国に波及。 大正12年
1924 大竹製菓と東京菓子製菓と合併して明治製菓と改称。 大正13年
1925 全国菓子業組合連合会創立される。 大正14年
1926 朝鮮の京城で第6回全国菓子飴品評会が開催された。 昭和元年
1926 商工省菓子工場調査統計が発表される。全国の菓子生産額は74,260千円、うち東京20,873千円
1926 東京でシュークリームの中毒が相次ぐ 昭和元年
1926 明治製菓がミルクチョコレートを発売 昭和元年
1928 岐阜で第7回全国菓子飴品評会が開催された。 昭和3年
1928 警視庁、菓子の着色料、防腐剤使用について指導を強化。 昭和3年
1930 大蔵省、商工省に砂糖輸入税軽減を陳情 昭和5年
1931 松山で第8回全国菓子飴品評会が開催された。 昭和6年
1932 日本製パン製菓学校(神田区新銀町)より第1回卒業生(30名) 昭和7年
1933 新潟で第9回全国菓子飴品評会が開催された。 昭和8年
1935 仙台で第10回全国菓子大博覧会が開催された。(このときから品評会が博覧会と改称) 昭和10年
1937 菓子生産高 6億5千万円と発表される。 昭和12年
1938 原料ゴム統制で、チューインガム製造禁止 昭和13年
1939 大分で第11回全国菓子飴品評会が開催された。 昭和14年
・ 砂糖の公定価格制が実施される。 ・
1940 菓子の公定価格制が実施される。 昭和15年
1941 ドロップス、キャラメル、ビスケットが子供用菓子として切符制に。 昭和16年
1941 太平洋戦争に突入。 昭和16年
1941 企業の新規開業が許可制になる。
1942 第1次企業整理行われ、各地で企業の整理統合が進む。物価統制令公布、菓子の製造は不振となる。
    砂糖は実績により配給となるが1年間で中止される。
1942 東京で菓子配給切符制が実施される。
1943 菓子製造に企業整備令が発令され、菓子製造はほとんど中止状態となる。配給制は乳幼児に限定される。
昭和18年 軍の納入業者以外は軍需工場に徴用される。 ・
1944 空襲激化し、各地で戦災を受ける。 昭和19年
1945 太平洋戦争終結し敗戦となる。 昭和20年
1946 製菓用砂糖の配給が実施され、菓子類の生産が盛んになり始める。 昭和21年
1946 菓子企業は全く停止し、食糧は極度に欠乏、やみ市が出現し、失業者はちまたにあふれる。 昭和21年
1947 ロッテ創業 昭和22年
1947 宝くじの景品にキャラメルが使われ人気に 昭和22年
1947 進駐軍の影響でチューインガムが流行。代用原料を使ったチューインガムが市場に出回る。 昭和22年
1948 山崎パン操業 昭和24年
1949 水飴、ぶどう糖の統制撤廃される。 昭和24年
1949 東京都宝くじにチョコレートが登場 昭和24年
・ 菓子の統制撤廃運動起る。 ・
1950 戦後初めての菓子展が、上野松坂屋で開催さる。 昭和25年
1950 練乳、粉乳統制解除、菓子類価格統制解除される。 昭和25年
1950 菓子の宣伝が盛んになる 昭和25年
1951 食品衛生法の改正で菓子製造業従業員の健康診断が義務化 昭和26年
1951 小豆の統制撤廃される。各地に協同組合、研究所が再興される。 昭和26年
1952 砂糖の統制配給全廃される。 昭和27年
・ 小麦粉の統制廃止される。 ・
・ 横浜で戦後初の博覧会、第12回全国菓子大博覧会が開催された。 ・
1953 東京高等製菓学校が開校(昭和52年に東京製菓学校と改名) 昭和28年
1954 京都で第13回全国菓子大博覧会が開催。この頃から技術研究団体が各地に数多く発生し、品評会開催が
    活発に。
1955 京都洋菓子組合が2月13〜15日をバレンタイン祭にと全国に呼びかけ 昭和30年
1956 ぶどう糖使用の運動起こる。 昭和31年
1957 第14回全国菓子大博覧会が長崎で開催された。 昭和32年
1958 まんじゅう、最中の自動包装機完成。和菓子も自動包装の時代へ 昭和33年
1960 食品衛生法により生菓子の定義改正される。 昭和35年
1960 日本菓子専門学校が開校 昭和35年
1961 業界の誇大宣伝と懸賞特売の大規模化で公取委が調査へ 昭和36年
1961 第15回全国菓子大博覧会が名古屋で開催された。 昭和36年
1962 もち米不足で原料高。米菓業界苦境へ。餅米輸入を再開。 昭和37年
1963 砂糖の自由化が実施される。 昭和38年
1964 ガット11条国、IMF8条国へ移行し、OECDに加盟した 昭和39年

1965 第16回全国菓子大博覧会が秋田で開催された。 昭和40年
1965 糖価安定法が成立。砂糖価格キロ30円の引き上げとなる。 昭和40年
1966 製菓衛生師法施行される。 昭和41年
1967 初の製菓衛生師が誕生する。(製菓衛生師の資格認定試験実施) 昭和42年
1967 大手パンメーカーの菓子進出高まる 昭和42年
1967・ 食品衛生法の改正により食品の表示方法施行される。 昭和42年
1968 第17回全国菓子大博覧会が札幌で開催された。 昭和43年
1968 技術導入自由化が実施される。 昭和43年
1969 経済界の好況と人手不足の深刻化(中卒女子初任給2万円以上)する。 昭和44年
1970 食品衛生法改正により食品添加物規制が強化され、表示の義務化へ。 昭和45年
1970 大手メーカーが本格的にスナック菓子の量産を始め、スナック食品ブームへ 昭和45年
1971 6月チューインガム、9月キャンデー、チョコレート等すべての菓子が自由化された。 昭和46年
1973 サッカリン使用禁止へ(すでにズルチン、チクロは使用禁止) 昭和48年
1973 石油ショック。物価高騰。 昭和48年
1973 鹿児島で第18回全国菓子大博覧会が開催された。 昭和48年
・ 貿易の自由化は100%となり、あらゆる産業が国際化時代を迎える。 ・
1973 チクロ、ズルチンに続いてサッカリンも使用禁止へ。 昭和48年
1975 和洋菓子パン製造に技能検定試験が実施され、全国に初の1級、2級技能士が誕生する。 昭和50年
1977 静岡で第19回全国菓子大博覧会が開催された。 昭和52年
1980 第1回ホワイトデー開催 昭和55年
1981 2月28日をビスケットの日に決定 昭和56年
1984 第20回全国菓子大博覧会が東京で開催された。 昭和59年
1984 広域114号事件発生。店頭に毒物入りの菓子を置くた等との脅迫で、菓子業界大きな影響を受ける。
1985 11月7日の立冬の日を「あられ、せんべいの日(ウインター・デイ)に決定 昭和60年
1986 バレンタイン商戦、400億円市場へ 昭和61年

1989 静岡で第21回全国菓子大博覧会が松江で開催された。初の官民共催へ。 平成元年
1990 夏でも溶けないチョコレートを各社発売 平成2年
1991 「ティラミス」菓子が大ブーム 平成3年
1994 金沢で第22回全国菓子大博覧会が開催された。初めて「テーマ館」設置 平成6年
1995 食品衛生法が改正され、賞味期限表示制度が発足。 平成7年
1998 盛岡で第23回全国菓子大博覧会が開催された。 平成10年
1999 製菓衛生師養成校における養成内容の充実が図られる。 平成11年
1999 「だんご三兄弟」大ブレイク。だんごが売れた。 平成11年
2002 熊本で第24回全国菓子大博覧会が開催/次期開催地「姫路」と決定 平成14年
2003 第5回お菓子フェスティバル/東京ビックサイトで開催 平成15年


3.世界のお菓子小史

エジプト時代 BC3000年〜BC500年頃 古代エジプトで小麦粉を使ったパンが生まれました。
ギリシャ時代 BC600〜BC350年頃 エジプトからギリシャに渡ったパン焼き技術から様々なお菓子が作られるよ
うになりました。 ローマ時代 BC250〜AD500年頃 アレキサンダー大王の東征で持ち帰られた砂糖がローマ社
会に入り、菓子づくりの広がりへとつながっていきます。
中世 500〜00〜@ハスX年頃 キリスト教の普及に従い、修道院から、祭事用のお菓子が沢山生まれます。
ルネッサンス時代 1400〜1500年頃 コーヒー、カカオ、スパイスなどの新しい材料により、お菓子も大きく進歩
します。 フランス・ブルボン王朝時代 158〜91791年 フランス菓子、ひいては今のお菓子の原形がでそろいます。
近代〜現代 1800年頃以降 いままで、高根の花であったお菓子、それがやっと庶民のお菓子になっていきます。


 ーおうちでレシピー 
*おうちでレシピは屋内で積極的にセルフエステ(綺麗)・ヘルシー(健康)を追求し体が自然治癒
力を高めるライフスタイルを提案する大自然生活館のコンセプトです。屋外で積極的にセルフエ
ステ・ヘルシーするのがおそとでレシピです。   Recipe:調理法・秘訣・救治策・処方                
●おうちでカフェ     1・朝食メニュー
               2・アウトドアーメニュー
                3・TEAブレイクメニュー

●おうちで料理      1・自然食メニュー
               2・薬膳メニュー

●おうちでエステ     1・ボデイエステメニュー
              
●おうちで癒し      1・癒しメニュー

●おうちでクリーン    1・キッチンクリーンメニュー
               2・トイレクリーンメニュー
               3・バスクリーンメニュー
               4・ハウスクリーンメニュー 

●おうちで健康      1・食事療法
               2・ボデイーワーク
               3・自然療法

●おうちでレメデイー  1・睡眠メニュー
               2・入浴メニュー
               3・ボディーワークメニュー
               4・ボディーエステメニュー
               5・食事メニュー


ー自然調味料ー                    ー料理ー                                    
● 塩                              ●塩料理
● 砂糖                             ●砂糖料理
● 酢                              ●酢料理
● 味噌・醤油                          ●味噌料理 ・ ●醤油料理
● 米・豆                             ●米料理 ・ ●豆料理
● 雑穀                              ●雑穀料理
● 海草(昆布・ひじき・わかめ)                ●海草料理
● きのこ                             ●キノコ料理
● 乾物                              ●乾物料理 ・ ●男の手抜き料理
● ナッツ                             ●ナッツ料理
● ドライフルーツ                         ●ドライフルーツ料理
● スパイス                           ●スパイス料理
● 料理用ハーブ                        ●ハーブ料理


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